常識について考えた日
常識なんてものは、あってないようなもの。国が違えば、性別が違えば、年齢が違えば、時代が変われば、変わるもの。
だから常識に囚われるとかってほんとよくわからない表現だなって思うけど、
常識的に考えて〜とかってあんまり好きな表現じゃないけど、
なんやかんや言っても、わたしはわたしの常識に囚われてるなって思った。
・・・みんなが幸せな世界を作るのって難しいんだなって思った。
(今日はいつもに増して意味不明なことを書きそうな予感が。。。)
なにするにも基本的には「世界」規模で考える。世界といっても、全宇宙とか全地球とかじゃなくて、わたしが生きてるこの世界のことね。あぁ、人間はなんて自分勝手な生き物なんだろう!
最近仕事でこの「常識」という壁にぶち当たる。いや、ほんとに冒頭で書いた通り、常識なんて生きてる環境が違えば変わってくるものだからどっちが正とかない、というかどっちも正なんだと思う。
わたしの主張はこう。
仕事でわたしに対する何かのリクエストがあったとして、そのリクエストに応えることで、損だなとか、嫌だなって思う人が多い場合、わたしはそのリクエストには応えない。
例えそれで売上が上がったとしても、その仕事になんの意味も魅力もない。
お客様第一ではなく、働くみんなの幸せが第一なのです。(こう書くととても美しい響き)
もうね、ゆとり世代のわたしたちは、気合いでやるとか、お客さんのいうことになんでもイエス!とかそういうのできないんです。。
でも決して冷めてるわけではなくて、むしろ熱い。自分がやってて気持ちいいと思うことを、それをよしとする同じ価値観の人たちと仕事したい、ただそれだけなんです。
悪く言えば、人や仕事を選んでるということなのですが、これって普通のことだと思うだけど、、ちがうのかな?
今読んでる『モチベーション革命』という本は、すごくわかりやすく、ゆとり世代(この著書でいうと乾けない世代)のことが書いてあって、そんなに深くないけど、ストンって腹に落ちる内容だった。冒頭部分だけでも読んでほしい。 Kindle unlimitedにあるのでぜひ。
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